承認欲求の搾取

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というコラムを読んでいて、ほんまソレ!と思ったので、忘れないようにメモしておくことにします。

 

「承認欲求の搾取」についてです。

冒頭のコラムで、「承認欲求」の呪縛 (新潮新書)という本の中から、以下のように引用されています。

 

 さらに、太田氏は、「ほめてやる気を引き出し、生産性を上げようとするのも『搾取』と紙一重だということになる」(P.118)と指摘。「企業はそこから経済的な利益を得ながら、働く人には心理的(主観的)報酬だけですませようというのは、やはりフェアではない」(PP.119-120)と警告を発しています。

 

僕の中でずーっとモヤモヤしていたものが一気に晴れました。

 

よく聞くのが、「パートさんが推奨品を販売したら、必ず褒めましょう。労をねぎらう言葉をかけましょう」という話。

それって、

『企業はそこから経済的な利益を得ながら、働く人には心理的(主観的)報酬だけですませようというのは、やはりフェアではない』

この言葉、そのままやん。褒めて終わりになってないか?

 

Aさんが推奨品を売る→褒められる→承認欲求が満たされる→また売る

→また褒められる→また承認欲求が満たされる……

 

ということが続くと、売るのが当たり前になる。期待される。目標はどんどん高くなっていく。売れなくなったらどうしよう…プレッシャーになる。いつしか仕事が嫌いになる。

 

承認欲求に縛られるということが起きてしまうわけですね。

 

『認められたい』が『認められねば』に変わる

 

というわけ。

 

一般的にいえば、華々しく賞賛され、大きな名誉や名声を得た人ほど、その反動も大きくなりやすい

 

とも、書かれている。

 

僕はこれまでの投稿で、承認欲求の弱点についてもいくつか書いてきたつもりですが、冒頭のコラムにもこう書いてある。

 

まず知っておいてほしいのは、承認によって得られたものの多くは、承認されなくなったら失われるということだ

 

褒めてもらえなくなると、とたんにやる気がなくなってしまう。

せっかくいい作品を作ったのに、評価されないと楽しくなくなってしまう。

これを逆手に取って、褒めて承認欲求を満足させてあげる。心理的報酬だけで済ませることができれば企業からしたら安いもんだ。

 

僕だって、人を褒めることももちろんある(自分の頑張りを僕にアピールしてきた時など)。良かれと思って、めっちゃ笑顔で褒めるんですが、心の中では、僕に褒められたくて頑張ったのかな?とか考えてしまう。誰でも褒められたらうれしいのはわかる。僕だってそう。

承認欲求が浅いうちはまだいいのかもしれないが、

褒めれば褒めるほど、褒められた人はもっと期待に応えられるようにならないと、と、自分を追い詰めてしまうようになってしまわないか。スポーツ選手なんかでもよく聞きます。2年目のジンクスとか、未来の4番バッターとか言われて重圧に負けてしまう選手とか、期待されて高い目標を設定されてしまい、達成するために不正に手を染めてしまう社員とか。

 

まとめとして、最初に話を戻すと、

企業に経済的利益をもたらしてくれた従業員(または営業所)には、心理的な報酬ではなく、経済的な報酬(昇給や賞与等)で従業員に還元しましょう。人の承認欲求につけ込んだ、セコいやり方はやめましょう。それは、結果的に企業を蝕んでいくことになる、承認欲求の搾取ですよって話。