朱い夏

キミたちがいて、ボクがいる

幹部の店舗巡回とやら

『明日、支社長がそっちの店に行くぞ』

と、部長から連絡があり、『だからぁ?』とも思ったんですが、部長は慌てたご様子。

私の勤める店が支社長から見て、いわゆる「できていない店」だったら部長が困るらしい。部長からしたら出世に関わる一大事というわけです。

自店のメンテナンスは限られた時間の中でできる範囲でやっている。別に支社長が来ても構わない。何をしに来るのかは分からないが、まあ、店のできていないところを指摘するためなのだろう。いつものことです。

 

そして、その連絡をもらった日の閉店前になってその部長が店にやってきた。あそこができていない、ここができていないと重箱の隅を突つくような指摘に右往左往している。必要以上に焦っているご様子。

幸い、自店のメンテナンスはそれなりにできているので大きな指摘はなかったが、一箇所だけプロモーションの修正を私に言いつけ部長は帰って行きました。

その日は2時間ばかり居残りをして店を後にしました。

 

で、翌日。

支社長、店に来ず。

 

これもよくあることなので慣れっこですが、居残りまでした私の2時間は……

そして、感動するぐらい綺麗に前出しをしてくれたバイトスタッフは……

支社長が来なくても店が綺麗になったのでいいことなのですが、顧客のためというよりは、なんか部長のためにやらされた感。

企業ではよくある風景。同じような経験をされた方も多いのではないかと思います。 

 

 

承認欲求

 

部長に言われたからとはいえ、店のメンテナンスの具合が少し上がった。昨日よりもいい売り場にはなった。そして、せっかく良くなったんだからどうせなら支社長にほめてもらいたかった!

 ほめてもらいたかった!?

 認めてもらいたかった!?

承認欲求ってやつです。

やったことに対して、フィードバックがある、ないの差は大きい。

人のやる気を無くさせるのは簡単。フィードバックをせず放置しておけばいい。

逆に、フィードバックをしてあげることで人のやる気は簡単に上がる。

 

実のところ、私は承認欲求を使ったマネジメントにはいささか後ろ向きです。

否定まではしませんが、両面思考で考えたいと思っています。

 ほめられないなら、もうやらないの?

 認めてもらえないなら、もうやらないの?

それって目的がズレてない?と考えてしまうからです。

そうではなく、自分がやりたいからやる。正しいと思うからやる。楽しいからやる。

そうありたいと常々考えています。

上司にほめられるかどうか、先生にほめられるかどうか、親にほめられるかどうか、これらを外発的動機づけと言います。承認欲求は外発的動機づけが根底にあります。

仕事においても趣味においても、「外発的動機づけ」ではなく「内発的動機づけ」。これを目指しています。うまく使い分けていきたいと考えています。

 

 

誰のため

 

今回の例で言うと、もちろん部長の出世のためではないですし、支社長のためでもない。

目的は、顧客のため。顧客に喜んでもらいたい、自分がそうしたい。だからやる。やらされ感は楽しくない。

目的がズレていることは他にもあって、よく聞く話ですが、例えば販売コンクール。

部長が抱えるエリアごとに達成率ランキングが出ます。いつも下位の部長は出世や評価に響きますし、いつも上位の部長は昇進も近づく。だから部長は自分のエリア内の店舗には売れ、売れ、とにかく売れ、結果が全てだ!なんてことを店に押し付ける。押し付けられた店は、とにかく結果を出すために必死にコンクール商品を顧客に売りつける。そして、順位の高い部長や店舗は評価される。そして、そんなやり方でも実績を作り上げれば正義とされ、それが正しいと勘違いしたまま出世し、下に同じことを押し付ける。販売コンクールなんて顧客からしたら特に意味もない。自分に合ったものを薦めて欲しいだけなのに。

 

 

できていないところを指摘

 

どうしても愚痴っぽくなるので、これで終わりにします。

これも本当によく聞く話。そもそも、幹部が気まぐれに、できていないところを指摘するための店舗行脚ってどうでしょう。できていないところを指摘し、写真を撮り、会議の場で晒し者にする、そんなことが自分の仕事だと思っているフシがある。

 

私のお気に入りの、こんな言葉があります。

やる事をやらなければしかるのが上司ではない。やる事をみんながすすんでやるような環境をつくるのが上司。それを怠って鬼になっている上司は恥ずかしい上司。

「仏の上司」になれますか? 部下を活かし組織を変える究極の人材育成論

 

もう一つ、

ウォルグリーンの幹部は店舗巡回の際、売場にケチを付けるのではなく、「顧客満足従業員満足」を向上させるために何か手伝えることはないか?と聞いて回っている。

ウォルグリーン―世界No.1のドラッグストア

 

仕事は楽しければ楽しいほど、色んなアイデアが生まれてくるもの。

現場のスタッフを落ち込ませても何もいいことはない。

 

 

25ブンノ24

聞いたことがある方もいると思いますが、25人に1人の割合でサイコパスと呼ばれる人達がいるらしい。アメリカで行われた研究なので数字にこだわる必要もなさそうですが、学説の一つとしてそう言われています。

 

逆に言うと、25人のうち24人はサイコパスではないとされるわけですが、そのあたりのことについてちょっと触れてみようと思います。 

 

サイコパスとは - はてなキーワード

精神病質者のこと。Phychopath 現在では「反社会性人格障害(APD)」と言い換えられている。

サイコパスの特徴は極端に自己中心的で、慢性的な嘘つきで後悔や罪悪感が無く、冷淡で共感が無い。加えて自分の行動に責任が取れない。多くは脳の前頭葉に問題がある可能性が高く、ホルモン異常と考えられる。

8~9割のサイコパスは言語能力を司る認知機能に障害があり、通常左脳で行われる言語処理が右脳で行われている。

 

 

 経営者には“サイコパス”が多い!?

 

「経営者には“サイコパス”が多い」不都合な真実 | プレジデントオンライン | PRESIDENT Online

 

オックスフォード大学ケヴィン・ダットン教授によると、経営者にはサイコパスが多いのだとか。

 

サイコパス度が高い人は、もしある従業員の能力が必要な水準に達していないと考えたら、冷酷に解雇の判断を下すことができます。経営リスクを伴う決断を下したり、それが失敗した場合でも精神的に回復する能力があるので、ビジネスの面はプラスになります。

 

しかし、その悪い面は、例えば自分が権力を持っているという理由だけで人を解雇したり、十分に計算せずにリスクを取ったりすることがあることです。それらは単なる「無謀な行動」です。失敗の後、精神的に回復する能力があっても、その失敗から学ぶことをしなければ、それはビジネスにはマイナスになります。サイコパス度が高いということは諸刃の剣で、その性格が間違って使われると、会社の状況が悪化します。

 

また、詳細は省きますが、この記事には、「サイコパス度が高い(低い)職業ベスト10」なるものが紹介されています。

 

 

サイコパスの命令に従う残りの24人

 

サイコパスではない残りの人たちについて。

今からここに書く内容は、以前読んだ本に触れられていた内容を踏まえつつ自分なりに考えてみたものです。

 

仮に、25人に1人がサイコパスだとすると、24人のそうでない人たちが存在します。

1:24なので、サイコパスの悪質な行動を抑えこむ事ができてもおかしくないと思いますが、現実はそうはなっていない。サイコパス度が最も高いとされている企業のCEOですが、サイコパスCEOの命令に従う人が多いということからも分かります。

  

ミルグラム実験というものがあります。 

 

ミルグラム実験とは - はてなキーワード

「人は、命令に対してどこまで忠実になれるか」ということを証明した心理学の実験。

スタンレー・ミルグラム博士が発表した。ユダヤ人の虐殺を指揮したナチスの幹部アドルフ・アイヒマンの名前からつけられた。アイヒマン実験とも呼ばれる。

 

 

ミルグラム実験というものが行われ、約6割の人間は、立場の高い人から命令されれば、いけないことと分かっていても命令に従ってしまう。ということが確認される。

 

24人のうちの6割というと14人。そうすると、1:24だったものが、15:10となってしまい、サイコパスCEO側が優勢となってしまいます。そうなると、さらに残りの10人もいけないことと分かっていながら、勝ち馬に乗れとばかりに優勢側に付く人も出てきて恐ろしい組織が出来上がる。かなり大雑把に言うとそうなる。

 

出世や保身を考え、いけないことと分かっていながら立場の高い人の命令に従ってしまう。

そして、そのサイコパスCEOやサイコパス幹部に育てられた24人のうちの6割の中から次の幹部が生まれる。経営陣は自分にとって使い勝手がいい、自分に刃向かわないイエスマンといった者を部長にしたり課長にしたりしたがる。

そして、組織のブラック化がより強固なものになっていく。

 

 

理想論ではありますが……

 

では、24人の側はどうしていくべきでしょう。

何もしなければ、ミルグラム実験のように権力を持ったサイコパス側が優位になってしまいます。

現実問題、サイコパスと呼ばれる人に被害を受けている人もおられるかもしれません。

最後までサイコパス側に加担せず戦ったことで嫌な目にあった方もおられるかもしれません。そしてこれは、企業内の話だけではなく、学校のいじめ問題や町内会のトラブルなんかも同じ構図ではないかと思う時もあります。

初めに記したように、サイコパスは「病(やまい)」なのです。24人が、サイコパスに対して、いけないことはいけないことであることを根気強く自分たちの思いを訴えていけば、病も快方に向かうこともあるかもしれません(それがいけないことか、いけなくないことか、正解がないケースもあるでしょうけど)。

 

1:24であることを忘れないでいたい(アジア圏はもっとサイコパスの割合は少ないと言われています)。いじめにしても、自分の身を守るためにひとり、またひとりとサイコパス側につくことで、気づいた時には「いけないこと」をしている側が優位になっていく。

そうではなく、24人がサイコパスという病を理解し、いけないことにはきっぱりとNOと言えれる組織は強くなっていくかも……

 

 

とは言いつつも、やはりここに書かれてあるように、

【医師監修】あなたの周囲にも?サイコパス(精神病質)の特徴と対処法 | ヘルスケア大学

サイコパスには関わらないようにすることをおすすめします。 

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超高齢社会にやさしくない些細なこと

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2017年今年の夏至は6月21日。

日付変わって今日は6月20日。

明日は夏至なのか。

 

6月21日を過ぎると、冬至までは日に日に太陽が出ている時間が短くなる。ちょっと寂しい気分になります。

私の住む大阪では、梅雨らしい天気も訪れてはいないというのに、もう夏も終わりってな気分になったりします。もちろん、夏はこれからだし気温も水温もまだまだ上昇するわけですが。

 

 

 

さて、おばあちゃんと過ごすと、色々なことに気付かされるという話をしたいと思います。

 

私のおばあちゃんは、大阪市内の公営団地で一人暮らしをしています。

昭和一桁生まれだったはずなので80歳は超えています。

たまには、おばあちゃん孝行でもしようと思い、先日会いに行ってきました。

3~4時間ぐらい一緒に過ごしたわけですが、そのわずかな時間に私には思いもしなかった、おばあちゃんにとっては暮らしにくい環境にいくつか出くわしたので、考えてみたいと思います。

 

 

  • 団地は不便

 

5階建ての団地の3階に住んでいるんですが、3階ともなるとおばあちゃんにはきつい。階段の昇り降りが大変だと言っていました。

 

5階に住んでいる高齢者はきっと大変でしょう。5階建てだとエレベーターが付いていない住居は多いです。高齢者が多く住む公営団地でそれはどうなんでしょう。階段も急だったりします。古い団地ほど高齢者にはつらい設計になっているみたいです。

 

 

  • 回転寿司は不便

 

お昼に一緒に回転寿司に行きました。一皿100円のよくある回転寿司。

おばあちゃんはつい数日前にもその回転寿司に一人で行ったそうで、その時のことを少し話してくれました。

寿司やうどんなんかを注文するためのタッチパネルの使い方がよくわからず、結局、タッチパネルは操作できず、仕方なく廻ってくるお寿司だけを食べたと言っていました。

 

そうなんですね。私たちが当たり前に使用しているタッチパネルさえも高齢者には使いこなせないんだなということに気付かされたわけです。

 

 

  • 広い店舗は不便

 

100円ショップにも寄りました。

ここも日本で一番有名なよくある100円ショップです。

ワンフロアの店舗でしたが、とにかく広い。

「ここは広くて商品もいっぱいあっていいなぁ」とおばあちゃんに言うと、

「広すぎて探すのがしんどいわ」と言ってました。

 

ここでも、おお、なるほどと気付かされました。高齢者には広い店舗もしんどいわけか。そして、よく見ると店は広いのに通路は狭い。車いすの方が安心して買い物が出来るようには思えない。ここのチェーン店の社長はよくテレビに出ていて、お客様目線だのお客様第一だのと言ってます。そうやってきたから、日本一の100円ショップに成長できたと。品揃えや品質ばかりに目を向けてこられたのかなと。しかし、高齢者目線はまだまだだなと感じました。まあ、もっとひどいお店はいくらでもありますが。

 

 

おばあちゃんと少しの時間過ごしただけで、私には当たり前と思っていた事も、高齢者にとっては不便な環境がいくつか見えてきました。これは、高齢者だけではなく、障害者も同様。

 

今回挙げた以外にも、

ちょっとした段差や、文字の大きさ、照明の明るさ、手すりの有無、買い物中に休憩できるベンチなどの設備、ドアノブの形状など、不便なことは街中に溢れているんだろうなということは容易に想像できます。

 

公的機関も一般企業も、バリアフリーだのユニバーサルデザインだの言うてはりますが、そういう社会を目指すうえでまだまだやるべきことはたくさんありますね。

 

 

反抗期に反抗して反抗しない

英語で、「Selfish」って単語がありますよね。セルフィッシュ。「わがままな」とか「自分勝手な」とかそういう意味。

つい最近まで、なんで「売り物の魚」がわがままなんだろう、とセルフィッシュという言葉を聞く度ぼんやり思ってましたが、綴りを見るとセルフ(Self)でSelfishだったんですね。納得。Sell-Fishではなかったわけか。魚つながりで、ちょっと「フィッシュストーリー」を思い出した。

それと、「熊野古道」を「熊の子道」って長らく思っておりました。

うん…手の施しようのないアホだった…

「蒸し暑い」を、「虫暑い」と思っていた漫画家さんもおられるそうな(ついでに道連れにします)。

 

 

さて、先日のこと、

テレビをつけてみたら、脳の話をしていました。番組の終わりの方だったので深くは知り得ませんでしたが、気になる話題が取り上げられていました。

ちゃんと番組を見ていたわけではないので、話半分、眉に唾をつけながら聞いてもらえたらと思います。

 

思春期と反抗期の関係

 

思春期といえば、大抵10代の頃に当たると言えると思います。

反抗期も、例外もあるでしょうが同じ頃に当たると言えると思います。

その番組によると、この二つはどうやら関係しているらしい。

 

反抗期の特徴の一つには、「リスクをあまり恐れない」ということがあるという。

自分が起こす行動に対して、リスクへの抑制が効きにくい。

こんなことを言うと相手が怒るかもしれないからやめておこうとか、人に迷惑がかかるからやめておこうとか、そういった感情よりも自分中心に考えてしまう。まさにセルフィッシュ状態ですね。

校舎の窓ガラスを壊してまわったり、盗んだバイクで走りだしたりする人もいるらしい。

 

また、あまりリスクを顧みないということは、戦闘にも向いています。別の部族との縄張り争いが起こると若者が先頭に立って争います。兵士になる適齢期なんだとか(体力もあるのでそうならざるを得ない)。

 

そんな、思春期や反抗期にリスクを犯す行動を取ってしまうということは、人(ホモ・サピエンス)としては、実はとても重要なことだったのです。

 

まず、脳の話からしますが、リスクを抑制するための機能は脳の前側にあり、人の脳の発達は後ろ側から前側にかけて進みます。脳前側のリスクを抑制するための機能がある部分は、だいたい25歳前後に発達します。

つまり、25歳ぐらいになるまでは、脳はリスクをあまり恐れない仕組みになっているのです。反抗期は脳に組み込まれている人間らしい行動であるとも言えるわけです。

 

リスクをあまり恐れないからこそ、人(ホモ・サピエンス)は大陸を移動することができ、大きく繁栄できたと言えます。ネアンデルタール人が絶滅したのは、思春期・反抗期が無かったのもひとつの要因と言われています。求愛してもそっぽ向かれるかも…なんて考えてリスクを犯さないようにしていると子孫繁栄にもつながりませんしね(繁栄しない道を選ぶのも選択の一つですが)。

リスクを恐れない、思春期と反抗期をセットで考えると分かりやすいかも知れないというこれまでの話、ほんまかいなと思われるかもしれませんが、一つの仮説としては気になりました。

 

 

リスクを恐れず失敗することも大いにあります。若気の至りなんて言葉もあるぐらいですし。ギリシャ神話の、イカロスのロウで作った翼の話なんかも思い出せます。

 

10代の子が反抗期を迎え、親に反抗したり、学校に反抗したりする。リスクのある行動もしてしまう。

これも全部、人の脳に組み込まれたプログラム。反抗期に対する見方が変わりました。

あの子には反抗期がなかった!?

反抗期だからこそ、それに反抗して反抗していなかった。それこそ真の反抗!

なんてことはないでしょうけど。

 

 

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イカロス - GATAG|フリー絵画・版画素材集

成果主義アレルギー

先日、組織運営についての研修会に行ってきました。

印象に残った話はいくつかあったのですが、今回はそのうちの一つをメモしておきたいと思います。残りの話はまたいずれ。

 

 

成果主義は失敗だった!?

 

成果主義の功罪はあれこれあると思います。

成果主義だと頑張れる人、苦手な人、成果主義が向いている職種、向いていない職種もあると思います。

私はこれまでの経験から、「if_then方式」「信賞必罰方式」に代表されるような成果主義はあまり好みません。かと言って、年功序列制度がベストであるとも思いません。

多くの場合において承認欲求が行動の動機づけになるということは理解していますので、やはり、成果主義も悪くないのかなと思うこともあります。

それでも、成果主義と言われるとなにかピンとこないものがあります。

すみません。話が堂々巡りになってきました。

とにかく、「結果が全て」というのが嫌いなのです。そう、「プロセス重視の成果主義」というあやふやなものが自分には合っているような……

 

閑話休題

 

年功序列から成果主義へ。これは、バブル経済崩壊後、急速に広まったと言われています。右肩上がりの経済が終息を迎えたからという認識が一般的となっています。

 

その研修会の中で、『それでも成果主義は止められない』というテーマで掲載された、2009年の日経ビジネスオンラインの記事が紹介されていました。

それでも成果主義は止められない:日経ビジネスオンライン

その記事によると、

「勤務先が成果主義型の制度を取っている」と答えた944人を対象に、勤務先の成果主義の成否を聞いたところ、「失敗だった」とする回答は68.5%に達し、「成功だった」という回答(31.0%)を大きく引き離した。

 

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多くの企業が採用している成果主義。それを取り入れて成功だったと感じている人は31.0%。

 

だから、成果主義は日本には馴染まないのだという話ではなく、その運用方法がマズい企業が多いのではいかということも言われています。

 

 

「量的な達成」と「質的な達成」

 

成果主義は結果が全て。「量的な達成」がなされたかどうかということが、まず評価のポイントになります。

一方、「質的な達成」とは、量的には達成できなかった場合でも、達成に向けて取り組んだことで、それに付随する他の業務が改善されたり、チームとしての結束力が強まったり、知識が向上したりといった、量では測れない場合が多い「質」の向上のことを言います。

結果に重点を置いた成果主義だと、このような質的な達成が見落とされがちになるのではないでしょうか。

目標値を達成出来たとなると、とたんに気が抜けることってありませんか?

達成した、やれやれ。もう十分頑張った。あとはゆっくりさせて。。というように。

短期間の目先の利益が評価対象になるからです。 

 

 

 

「量的な達成」と「質的な達成」は、「定量目標」と「定性目標」の関係にも似ているように思います。私は、定性目標の方に重点を置きたいと常々思っているのでよけいに成果主義にアレルギーを感じるのかもしれません。

どちらが良い、悪いではないので、バランスが崩れないように気をつけたいです。

 

 

ここで、あらためて「成果主義」を検索してみると、

企業において営業などの成果を重視する考え方。人件費削減を行い易い為に導入を試みようと言う企業は少なくはない。

成果を上げるだけの権限をもった人材に適用してはじめて効果があるものであり、一般社員に適用するとモチベーションのダウンにしかならない可能性も高い。本来は成果そのものだけでなく、そこへ至るプロセスも評価対象とするのが前提となっているが、この部分があまり評価されないケースが多く課題となる場合も多い。

業績不振になった場合に社員の怠慢にあると責任転嫁されたり、業績をあげればあげるほど失敗時のリスクは高まったり、マイナス面も小さくはない。

 成果主義とは - はてなキーワード

 

たしかに、経営者が自分たちにとって都合がいい成果主義を取り入れようと考えるのもうなずけます。

 

 

そろそろ疲れてきたので、最後に私が大好きなこのセリフで終わりにしたいと思います。

 

「そうだな…わたしは『結果』だけを求めてはいない」
「『結果』だけを求めていると、人は近道をしたがるものだ…近道した時真実を見失うかもしれない」「やる気も次第に失せていく」
「大切なのは『真実に向かおうとする意志』だと思っている」「向かおうとする意志さえあれば、たとえ今回は犯人が逃げたとしても、いつかはたどり着くだろう?」「向かっているわけだからな…違うかい?」

真実に向かおうとする意志 (しんじつにむかおうとするいし)とは【ピクシブ百科事典】より

 

 

ありがとうございました。 

  

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紀州加太方面を探索

和歌山市は加太方面を探索してきました。

 

加太(かだ)ってどこ?っていう人のために分かりやすく地図で言うと、

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このあたり。大阪府岬町の南側。もう少し拡大すると、

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左にあるのが淡路島。

和歌山市加太と淡路島の間に友ヶ島水道があり、そこに浮かぶ島々が友ヶ島と呼ばれています。観光地化されており船で渡ることもできます。近々行きたいなぁとたくらんでおり、今回の探索の目的は、友ヶ島行きの船についての下見でもあります。

 

 

いざ加太へ!

 

5/8(月)出発は午前10時過ぎ。125ccのバイクでの一人ツーリング。1時間ぐらいで加太に到着予定。

 

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▲深日(ふけ)港で休憩

のんびりとサビキ釣りをしている親子がいました。イワシが釣れているようです。

奥の灯台付近も釣り人はまばら。結構穴場の釣りスポットかも。

 

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▲岬町の道の駅・とっとパーク

少しわかりにくいですが、釣り桟橋です。こちらは平日にもかかわらず大盛況のようです。釣り人だらけでした。

 

 

加太に到着ッ!

 

芝生の公園があったのでそこでも休憩。

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▲周辺の案内看板

近くに砲台跡があるという情報を入手。予定を変更し、そちらに向かうことに。

 

 

加太の砲台跡

 

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▲山をひたすら登る

バイクを停め、山道を歩きます。虫が耳元をブンブンブンブン。

 

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▲砲台跡の案内板

 

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▲▼砲台施設

階段下に部屋がいくつも並んでいます。

その部屋に得体の知れないモノがいたらこわいな~と思うと階段を降りる勇気が持てず。

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▲由良要塞の歴史

案内板にあるように、戦時中、この友ヶ島水道は敵の侵入経路になり得ます。そこで、淡路島・友ヶ島・加太で守っていたということですね。

三重県鳥羽の離島を散策した時も、監的哨がいくつもありました。

 

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▲砲台付近からの景色

友ヶ島の島々が見渡せます。奥にうっすら見えるのが淡路島。

 

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▲砲台施設の階段を降りました

山を降りる際、登ってきた人がいて砲台施設の階段を降りて行きました。心強い。今だとばかりに便乗して階段を降りてみました。

 

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▲室内の様子

暗くて、ただただ不気味でした。

 

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▲▼弾薬庫跡

少し離れたところにある、加太休暇村には弾薬庫がありました。

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人形供養の淡島(嶋)神社

 

そして、友ヶ島行きの船着場の下見を済ませた後、すぐそばにある淡島神社に立ち寄りました。

 

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淡島神社本殿

 

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▲▼供養された人形

本殿の周りには、ところ狭しと人形が並べられております。客寄せの展示物としても利用されているのかなぁと感じました。

本殿内にも人形が並べられていましたが、本殿内のものはさすがにアレなんでしょうか。(髪が伸びる人形があるとかないとか…)

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▲記念に朱印もいただきました

特徴として人形の判子が押されています。

 

 

道の駅・みさき

 

帰路、この春にオープンしたばかりの「道の駅みさき」に寄ってみました。

 

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ここの名物は「生しらす丼」のようで、のぼりが何本も立っていました。

その食堂に、テレビカメラが入っていました。

よく見ると、関西ではお馴染み!?の、「やのぱん」さんがロケをしていました。 

 

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▲道の駅スタンプ

 

 

自宅周辺にも、まだ訪れたことがないおもしろスポットって結構あるもんですね。逆に地元民だから関心が薄いということもあるのかも知れません。

連休はなかなか取れないので、近場であまり注目していなかったところも開拓していきたいと思います。

 

 

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『スーパーチキン方式』とは?【TED動画紹介】

お題「最近知った言葉」

「スーパーチキン方式」という言葉、あまり耳慣れないと思います。

組織作りなんかで使われる言葉らしい。使ったことも聞いたこともなかったけれど。

 

日本語TED新着: マーガレット・ヘファーナン: 職場の順位制をやめよう

この動画を見て知りました。 

 

 

生産性を高めるにはどうするかという実験

 

生産性を高めるためどうすればいいか、ニワトリを使った実験が行われました。

ニワトリに卵を産ませるにあたり、よく卵を産むニワトリは生産性が高いと言えましょう。それなら、よく卵を産むニワトリばかり集めて群れを作り、世代交代が繰り返されていくと、普通の群れのニワトリたちよりもはるかに生産性があがるのではないか、スーパーチキン軍団が出来上がるのではないか?という実験が行われました。

 

それは、どのような実験だったか。

まず、2つの群れを作ります。

1つ目は普通の群れ。

そして、2つ目は生産性が高いエリートニワトリだけを集め世代交代するごとにさらにエリートを選抜していって作った群れ。

それぞれを孤立させ、6世代後、どのように生産性が上がったか、下がったかを検証します。

 

 

結果発表!

 

先に結論を言うと、普通の群れの方が生産性が高くなっていたということです。

結果について、動画より引用します。

 

6世代後、結果はどうだったでしょうか?

1つ目の普通のグループは、とてもよくやっていました。全てのニワトリが丸々とし、羽も生え揃っていました。そして、産卵数も劇的に増加しました。

2つ目のグループはどうかというと、3羽を残して全滅でした。他のニワトリをつついて殺したからです(笑)。個々で多産なニワトリが成功した理由は、他のニワトリの生産性を抑圧したために他ならなかったのです。

 

当たり前ですが、人間とニワトリは違います。ライバルを殺したりはしません。

しかし、周りがライバルだらけという環境におかれると、そのライバルを蹴落としたり、いじめて失落させたり、貶めたりといった話は聞いたことがあるのではないでしょうか。出世競争という状態になりがちで、助け合うことを忘れてしまうことも起こり得ます。

 

職場で何かのプロジェクトが発足した時など、その題目に適したエリート集団が結成されます。特に疑問もなくそれが当たり前に行われてきました。

もちろん、そのやり方が間違っているとは限りませんし、実際に多くの成功を納めてきたことでしょう。しかし、それでも行き詰まった時の新たな着眼点として、スーパーチキン方式を止めてみるのも一つの方策かも知れません。はじめから結成条件の違う集団を複数作ってみるのもいいかもしれません。

 

スーパーチキン方式ではない新たな組織づくり、また、それにはどういう環境がベストか、15分の動画で色々と紹介されています。

モノを売る時代から、コトを売る時代に変わってきているという話を聞いたことがありますが、従来のやり方ではうまく行かなくなってきたケースが散見される時世。各々の現場で、正解は一つではないということを改めて気付かされました。

 

www.ted-ja.com

 

以上、おすすめ動画の紹介でした。 

 

 

<鶏に関する繁殖研究>

リクルートワークス研究所「Works No.93 p.28」でも紹介されています